木造観音菩薩立像(福寿院)
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更新日:2024年2月19日
福寿院
平成11年登載
橋場福寿院の観音菩薩像頭部は平安時代後期の作で、「定朝様式」という仏像彫刻の特徴をそなえています。
定朝とは、11世紀初め頃の京都の仏像彫刻師(仏師といいます)です。代表作は、宇治平等院鳳凰堂の本尊阿弥陀如来坐像。丸顔のおだやかな表情に、どっしりとした体格をそなえていることが、大きな特徴です。
定朝の彫刻は、時の権力者藤原道長・頼通親子をはじめ貴族たちに好まれたため、定朝は大きな工房を構え、多くの弟子たちとともに仕事を行っていました。ちなみに、平等院鳳凰堂の壁面を飾っている51躯の雲中菩薩群は、定朝の弟子たちが制作したものです。
このように、定朝が確立し、その弟子たちが継承した仏像彫刻の作風を「定朝様式」といいます。以後、定朝様式はわが国の仏像彫刻の主流となり、鎌倉時代に独自の作風を確立した運慶・快慶らにも大きな影響を与えています。
福寿院の観音菩薩像頭部は、ゆるやかな肉取りに丸みをおびた面相、温和な顔立ちなどに定朝様式の特徴が出ています。しかしながら、定朝様式初期の作品に比べ、やや形式化した作風となっています。したがって、この頭部の制作年代は、定朝の活躍時期よりも半世紀から1世紀を経た西暦1100年頃、定朝様式を受け継いだ仏師が制作したものと思われます。
本像の頭部は、形式化が始まっているとはいえ、定朝様式が顕著に表れた遺品のひとつとしてたいへん貴重です。
木造観音菩薩立像
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