浅草浅間神社本殿并びに諸資料 付 境内地
ページID:207738352
更新日:2024年3月19日
浅間神社
平成11年登載・指定
浅間神社は富士山信仰にもとづく神社で、江戸時代は、富士講信者の活動拠点となりました。
浅草の浅間神社は、江戸初期の寛文11年(1671)までに当地に勧請されており、現在に至るまで、浅草や蔵前付近の人々の信仰をあつめてきました。
浅間神社には、192点に及ぶ資料群が現存し、建築物・礼拝対象物・祭祀用具等に分類できます。建築物のうち、本殿は土蔵造りで、明治11年の造営です(平成9・10年の改修工事で外観のみ新たに漆喰塗をほどこしています)。土蔵造りの神社は、江戸から明治時代には江戸・東京の各地にあったようですが、現在ではほとんど見ることができません。
礼拝対象物では、江戸初期制作の「木花咲耶姫命坐像」、慶応3年(1867)の「銅造猿倚像」、江戸末期と思われる「五行御身抜」(富士講の本尊)など、江戸時代のものが現存しています。さらに、祭祀用具では、富士山頂の様子を描いた安政5年(1858)の「富士山絶頂図」、明治時代奉納の鏡・鏡台や、富士講の幟旗である「マネキ」等があります。
また、境内地は盛土となっていますが、江戸初期までの浅間神社は、こうした盛土上に勧請する場合が多かったようで、江戸初期以前に勧請された浅間神社の景観をよく伝えています。
区内に現存する富士信仰・富士講に関する資料は希少で、浅間神社資料群はとても貴重です。
神使(銅造猿倚像)
富士講の本尊(五行御身抜)
お問い合わせ
生涯学習課文化財担当(生涯学習センター)
電話:03-5246-5828
ファクス:03-5246-5814